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津久見市の文化財 2

印刷用ページを表示する 掲載日:2016年8月22日更新

続き

臼杵藩領津久見絵図

臼杵藩領津久見絵図  臼杵藩領津久見絵図

所在地:津久見市セメント町3番9号  蓮照寺管理

 徳川幕府は国防上から日本沿岸測量の必要に迫られて、天文学者伊能忠敬に命じました。この一行が臼杵領に来た時に、藩で適任者を選び、この仕事に立ち合わせました。それから30年後の弘化4年 (1847年)、臼杵藩では、この原図を基にして多少描き加えられ、佐志生・大泊・松崎各浦の拡大絵図がつくられました。その写しを関係庄屋に渡したのが、この絵図です。

 寸法は、縦2.5 m、横5.1 mあります。楠屋岬から警固屋までの海岸線を主に、余白部分には、原野、山林、家屋、寺院、道路、田畑、島まで描き込まれています。

平成5年 (1993年)1月11日 市の有形文化財に指定

江ノ浦区有文書

江ノ浦区有文書  江ノ浦区有文書  江ノ浦区有文書

江ノ浦区管理

 この史料は、俗に浦方史料と呼ばれるもので、年代は江戸時代の終わりごろから明治の初めにかけてのものがほとんどです。量的にも多く、当時の江ノ浦の状況を知る上では大変に貴重なものです。

 たとえば、中高網や揚操網による漁が盛んで、かなりの活況を呈していたこと、その網を使う範囲も箆島より南側一帯の広範囲にわたって権利を持っていたこと、さらに佐伯干鰯・樵木・紙を三大商品として藩が裏方に力を入れていたことが分かります。江ノ浦が、佐伯藩の支配の一端であったことを知ることができます。

平成5年 (1993年)1月11日 市の有形文化財に指定

解脱闇寺文書

解脱闇寺文書  解脱闇寺文書  解脱闇寺文書     

所在地:津久見市井無田町1187番地の2  解脱闇寺管理

 解脱闇寺 (臨済宗妙心寺派)には、津久見市の歴史を知る上で、貴重な古文書が数多く残っています。中でも、「古峯和尚寺請証文」 (正保3年 (1713年))は、通称「転びきりしたん文書」とも呼ばれ有名です。

 文書9通には、大友宗麟が晩年、キリスト教による理想郷を築こうと津久見に移り住んだときに、住民に説教を聞かせ洗礼を受けさせたという史実が証明されており、大変貴重なものとされています。同寺には、このほか「津久見」の地名がはじめて出てくる「豊後国臼杵荘地頭代僧西印等寄進状」 (建長2年 (1250年))などが残っています。

平成5年 (1993年)1月11日 市の有形文化財に指定

軸丸文書

軸丸文書  軸丸文書  

所在地:大分県立先哲史料館寄託  津久見市管理

 軸丸家に伝わる古文書24通は、「大友義統跡目安堵状」 (年不詳)を除いては、すべて江戸時代初期のもので、藩政史料の乏しい当市にとって貴重なものとなっています。佐伯藩初代藩主毛利伊勢守高政から彦野内村庄屋善内に宛てた掟書や触書、さらに家老連署による触書 (他の地域へ宛てたものも含む)などが残っています。これは、高政が、佐伯入部直後から領内の各地に盛んにこのような書状を発したことを証明しています。

平成5年 (1993年)1月11日 市の有形文化財に指定

高野家文書

高野家文書  高野家文書  

所在地:津久見市大字長目1421番地  個人管理

 高野家 (幕末、小庄屋)のある長目浦は、江戸時代、臼杵藩の松崎組に属していました。津久見湾をはさんで佐伯藩と接しており、いわば藩境でもあり、その支配にあたってはかなりの気配りがなされていたものと思われます。

 史料の大半は天保年間 (1830-1843)から明治時代の中頃にかけてのもので、諸届類をはじめとしてこの間の浦方に関する記録や、伊崎御役所 (海産物などの取引の監視のため設置された藩の施設)に関わるものなど、興味深いものです。保存状況も良好であり、臼杵藩領下の浦方の史料として貴重なものです。

平成5年 (1993年)1月11日 市の有形文化財に指定

長頸壷

長頸壷  長頸壷  長頸壷

所在地:津久見市大字網代504番地  個人管理

 平岩遺跡で出土したこの長頸壷は、今から2,000年くらい前の弥生時代後期のものと考えられます。器高は29.8 cm、胴部最大径17.2 cmでほぼ完形です。頸部はまっすぐ伸び、口縁部は外反し、底の部分はやや上げ底になっています。

 また外面を見ると、胴部と頸部の境目に刷毛目痕、さらに胴の上部から頸部にかけて箆により研磨されています。このような長頸壷は数例しか発見されていません。

平成5年 (1993年)1月11日 市の有形文化財に指定

赤八幡社楼門

赤八幡神社楼門  赤八幡神社楼門  赤八幡神社楼門

所在地:津久見市宮本町21番地11号  赤八幡社管理

 赤八幡社の創祀については、社伝及び「神社明細帳」などでは、今から約820年前の建久元年 (1190年)に石清水八幡宮 (京都府綴喜郡)の分霊を勧請したことにはじまると云います。天正14年 (1586年)、大友義鎮の乱 (豊薩戦争)の兵火により社殿は焼失しましたが、慶長6年 (1601年)に再建されました。現在の社殿は、安政3年 (1856年)に造営され、昭和16年 (1941年)に県社となりました。

 楼門は、大正5年 (1916年)に建てられ、築100年を迎えました。楼門は神社の顔であり、社殿より華やかな印象を持たれますが、この門は全体に彩色はなく、木のぬくもりが伝わる木肌色となっています。宮大工の技で造られた作品であり、幅8.54 m、奥行き4.27 m、高さ約12.5 mで、市内では最大のものです。

平成28年 (2016年)4月6日 市の有形文化財に指定

ジョウヤラ踊り

ジョウヤラ踊り     

深良津ジョウヤラ踊り保存会

 四浦深良津に伝わるジョウヤラ踊りは、先藩初代毛利伊勢守高政公が参勤交代で帰られるのを祝って、歓迎の踊りを披露したのが始まりといわれています。その名前は、「漁あれ、漁あれ」という囃言葉に由来するといわれており、佐伯藩領内の浦々で行われていました。衣装は郷土芸能振興の意味もあり、着物、帯、袴、鉢巻まで揃いの色で端を長く垂らし飾り立てています。

平成3年 (1991年)3月31日 市の無形民俗文化財に指定

大友宗麟公墓

大友宗麟公墓  大友宗麟公墓  大友宗麟公墓

所在地:津久見市津久見4190番地  津久見市教育委員会管理

 戦国時代、九州に一大勢力を築き上げ、その名を馳せたキリシタン大名、大友宗麟 (1530-1587)の墓地が中田引地にあります。当初は、キリスト教式の墓に葬られたといいますが、秀吉の禁教令により、仏式に改められました。現在の墓は、寛政年間 (1789-1801)、旧家臣の末裔臼杵城豊により改葬され、長泉寺が供養にあたったといいます。昭和52年 (1977年)には、大友宗麟公顕彰会によってキリスト教式の墓 (モニュメント)が横に並べられ、今日見るような墓地に生まれ変わりました。

 大友宗麟といえば、広く世界に目を向け、進んで西洋の文化を取り入れた先駆者として高く評価されています。宗麟は島津軍との戦いに疲れ、当時流行していた熱病に冒され、天正15年 (1587年)5月23日に津久見を永眠の地として没したといわれています。

平成5年 (1993年)1月11日 市の史跡に指定

アコウ

アコウ  アコウ  アコウ

所在地:津久見市大字網代字奥5665番地  赤崎区管理

 樹高10 m、幹まわり約3.5 mの常緑の高木です。現在休校中の赤碕小学校に隣接する天満社の境内に生育しています。幹からは盛んに気根が出て垂れ下がり、その長さは2 m以上に達しているものもあります。根は岩の裂け目や生垣の間に食い込む形で成長し、枝を傷つけると白色乳汁がにじみ出てきます。昭和49年 (1974年)3月15日に、県の特別保護樹として指定されています。

昭和51年 (1976年)10月8日 市の天然記念物に指定

姥目公園ウバメガシ

姥目公園ウバメガシ  姥目公園ウバメガシ  姥目公園ウバメガシ

所在地:津久見市中央町7番  宮本区管理

 姥目公園のほぼ中央に、樹が南に向かって横臥している大きなウバメガシがあります。幹まわり約1.5 mで樹高がおよそ10 mありますが、樹が横臥しているため、2本のコンクリートの支柱で支えられています。

 この付近一帯は、かつては海岸部であり、ウバメガシの群生地であったといわれます。県指定天然記念物の「姥目のウバメガシ」同様、往時の群生のウバメガシが残存したものであると考えられ、地域の歴史を知る上でも貴重な樹木です。昭和47年 (1972年)3月15日、県の特別保護樹木に指定されています。

昭和51年 (1976年)10月8日 市の天然記念物に指定

千怒新地ウバメガシ

千怒新地ウバメガシ  千怒新地ウバメガシ  千怒新地ウバメガシ

所在地:津久見市大字千怒新地6239番地  津久見市教育委員会管理

 津久見中央病院前の国道沿いに、約44 mにわたってウバメガシの並木があります。樹高8 m、幹まわり約70 cmのものが、12株およそ30本あり、株元で2、3本に分かれていて萌芽更新しています。

 この並木は、もともと中央病院の北北西およそ120 mの海岸に、江戸時代の塩田の防風林としてあったものを、昭和61年 (1986年)7月、土地区画整理事業に伴い、現在地に移植したものです。

昭和51年 (1976年)10月8日 市の天然記念物に指定

田尾拝高天満社タブノキ

田尾拝高天満社タブノキ  田尾拝高天満社タブノキ  田尾拝高天満社タブノキ  

所在地:津久見市大字津久見5642番地  田尾区管理

 樹高約16 m、幹まわり4.2 mで、樹齢約300年ほどと考えられています。津久見市の樹木の中では大きいほうで、長年御神木として、田尾地区の信仰の対象となっています。近年は樹勢の低下が目立っています。

平成10年 (1998年)1月12日 市の天然記念物に指定

彦ノ内谷川天満社タブノキ

彦ノ内谷川天満社タブノキ  彦ノ内谷川天満社タブノキ  彦ノ内谷川天満社タブノキ

所在地:津久見市大字津久見字谷川1036番地  個人管理

 彦ノ内谷川天満社境内に生育するクスノキ科の常緑大高木で、イヌグス (犬樟)ともいいます。葉は長楕円形で表面につやがあり、、果実は球形で、果柄は赤色を帯びています。主に家具や建築材料として用いられます。幹まわりは約6 mで、樹齢はおよそ600年ぐらいだと考えられています。平成14年1月8日に県の特別保護樹木に指定されています。

平成10年 (1998年)1月12日 市の天然記念物に指定

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